辻農園のこだわり

こだわりの36時間乾燥

前回の話

なぜみんなそんなに急速高温乾燥するの?

の続きから今回の話を始めます。

 前回、田植えをひと時にまとめて実施するため、『刈旬が一気に到来』してしまい、できるだけ毎日たくさん刈り取りをしようとする一般農家さんの実情をお話ししました。

 結果として大規模農家の方は言うに及ばず毎日大量に刈り取らないといけないですし、小規模の方は貯蔵施設(乾燥が終了した籾を一時的に保存しておくタンク)を持たない方が多いので、多くの方は乾燥した籾を乾燥機からすぐに籾摺り機「もみすりき」(『籾』から『籾殻』を取り除いて『玄米』にする機械)に投入します。この場合、一日のサイクルが次のようになります。

ⓐ 朝から、前日に刈り取った籾を乾燥機より直接籾摺り機に入れながら(※)籾摺り作業を行う。
ⓑ 昼前後から田んぼで稲刈りをする
ⓒ 乾燥機に刈り取った籾を搬入する
ⓓ 次の日の朝までに乾燥を仕上げる

(※は乾燥ムラの原因の一つです。詳細は後ほど)

 こんなことでは、いくら小規模で一日に刈る量が少なかったとしても、乾燥機自体を乾燥作業以外の用途で長時間使用してしまったり、乾燥機が空になっている時間も多く、乾燥機を本来の乾燥作業に使える時間が短くなって

『短時間乾燥』を余儀なくされる

結果となってします。仮に、大規模農家で乾燥を終了した籾を貯蔵施設に貯蔵したとしても、乾燥機の稼働時間はⓐの工程分の何割かが長くなるだけですし、そもそも乾燥機の中に大量な籾が入っているので毎日乾燥機を稼働させるためには『スピード乾燥』はどうしても必要になってしまうのです。(洗濯乾燥機でイメージしてみますと、洗濯物を多く入れた場合、同じ設定で洗濯乾燥させるなら仕上がりにかかる時間が増えてしまうのと同じです。どうしても同じ時間で仕上げたいなら、『スピード乾燥』つまり高温高速乾燥になってしまうというわけです。)

 それでももし『米の味を重視する』農家さんなら、許される範囲で時間を目いっぱい使って出来るだけゆっくり、少しでもゆっくり乾燥させるように設定するはずですが、『コスト削減を優先』する農家さんなら燃料代・電気代の節約のため稼働時間をより短くしようとし、さらに『スピード乾燥』をされます。
 通常、籾に含まれる水分量が23%~24%辺りで刈り取るのが理想とされ、それを15%前後まで乾燥させるのですが、1時間当たり1.5%ずつ乾燥できる(6時間以内で乾燥できる)乾燥機がざらにあります。乾燥機メーカーも『速く乾燥できる』ことを『能力の高さ』のようにアピールしています。それこそが大半の農家のニーズを物語っているのです。

こんなことではいけない!

 そこで通常の農家ではあり得ない、非常識な当家のこだわり乾燥作業が生まれました。

まずは乾燥スピード

です。当家では最低でも24時間以上、通常36~40時間程度という通常の約4~6倍の時間をかけ、非常にゆっくり乾燥をしています。単純にゆっくり時間をかけて乾燥させることだけでも、高温熱風にさらすことなく乾燥できますので、米の『風味』『甘み』を極力損なわせずに乾燥させる事が出来ます。しかしさらにこだわりを加え、いよいよ

『天日干しとの勝負』

です。お日様に照らされると暖かいですよね?そうです温度が上がるのです。『天日干し』の最中の籾の表面温度を測ってもらいました。余裕で30℃を超えています。通常当家の地方で稲刈りをする10月上旬~10月末の気温は日中25℃を超える日もよくありますが、日の当たる表面の温度はそれよりも結構温かいのです。ですので『天日干し』の最中の籾の表面温度を下回る『30℃以下の熱風』にこだわって、

『天日干しよりも熱くしない乾燥』

をすることに決めました。これで『天日干し』よりも高温にさらすことなく、つまりはある意味『天日干しよりもさらにマイルド』に乾燥が出来るようになったわけです。

『36時間の深い意味』

 また36時間という時間にもこだわりがあります。乾燥という作業は『空気中の水分の少ない空気』つまり『より乾燥した空気』と触れ合わせることで進みます。この乾燥した空気を作り出すために一般的には高温の空気を作るわけですが、同じ30℃の熱風を当てたとしても、昼間の30℃の熱風と夜間の30℃の熱風とではその中に含まれている水分は大きく違い、乾燥具合も大きく違ってくるのです。

(ちょっと理科の授業みたいで申し訳ありません:父が他界するまで農業の傍ら夜に副業で塾講師をしておりましたもので…)

同じ熱風に含まれる水分量(湿度)の差は、(昼夜の)外気温の差から生じます。

単純計算的な簡単な例では次のようになります。

①外気25℃(湿度100%)を30℃にすると熱風の湿度は76%
②外気15℃(湿度100%)を30℃にすると熱風の湿度は42%
となります。

 例えば、この①と同じ外気25℃の空気を②と同じ42%ほどの乾燥空気にしようと思ったら、なんと実に約45℃まで加熱しなければなりません。元の外気温が違うだけでこんなに大きく変わってしまうのです。45℃の熱風なんて考えただけでも恐ろしくないですか?そんな所にずっと居さされたら・・・かわいそうでしょ?バキバキにひび割れた乾燥がイメージされます。でもこんな温度世間様の乾燥機の中ではごく普通に、というか頻繁に存在します。

ではどうすればいいの?

 先程の例から同じ湿度の乾燥空気を作り出すなら、外気温が低い時ほど低温熱風で済むということがわかります。であれば、

外気温がより低い時に乾燥させればよいのではないか?

そうすれば、より低温の乾燥空気を使ってもマイルドにそれでいて効率良く乾燥を進められるという結果に至ったわけです。

 例えば話は変わりますが、『高野豆腐』『凍み豆腐(しみどうふ)』や『切り干し大根』を作る際に乾燥作業を寒い時期に行います。『外気温が低い時ほどマイルド乾燥には適している』というのは同じというわけです。(先人たちの知恵には頭が下がります)

 そして、高食味を目指す稲作農家としての結論は

『低温乾燥したいなら夜間乾燥がより良い』

ということになりました。そしてこれが当家のこだわり『36時間』に繋がります。夕刻に乾燥をスタートさせて、36時間前後で行えば夜間乾燥を2回経過できるのです。最初の12時間が夜間乾燥、次の12時間が昼間乾燥、最後の12時間が夜間乾燥、といった具合です。こうすることで夜間乾燥の時間的な割合が『3分の2』と多くなり、昼間に設定を緩めても、『籾が天日干しの間にさらされる温度を超えない』という条件をクリアーしつつも、1日半という限られた時間でよりダメージの少ないマイルド乾燥が実現できるのです。

 昼夜で設定変更をこまめに繰り返し、許される時間を目いっぱい使うことで、単に30℃を超えないようにするだけではなく、さらに低温(例えば最高温度が25℃以下の乾燥などもあります)を実現し、とにかく『より均一でムラの無い』マイルドな乾燥を実施しております。

 『天日干し』では暑い日・寒い日・雨の日・晴れの日目まぐるしく置かれている状況が変化します。天然の場合はこの変化が乾燥を進めるのかもしれませんが、ちゃんと管理をしないで多くの方のようにかけっぱなしにしていると、ずっと表面に出っぱなしで毎日陽の当たり続ける場所や、雨で濡れっぱなしでずっとジメジメしてしまっている内部などが、乾燥ムラのもとになって理想的なマイルド乾燥が実施できないばかりでなく、カビが発生していることすらあるのです。

 頑張って実施している当家の特殊機械乾燥ですが、この方法で乾燥機を使用すれば、乾燥機は

2日に1度しか使えません。

そこで、当家の作付け面積レベルでは通常1台の乾燥機しか使用しないところを、あえて乾燥機2台を用意し、毎日交互に使用するという方法を取ってこれに対処しています。経費は余分にかかりますが、機械を大切に長く使うことで何とか乗り切っています。

 次回は乾燥機の盲点『意外なムラの素』を克服するこだわりです。機械の構造などの楽しくない話ですがお時間があればお付き合い下さい。

★稲作用語★ 米粒用語
『籾』(もみ)… お米の周りにまだ硬いからがついた状態の粒のことです。

『籾殻』(もみがら)…籾の周りの「から」の部分のことです。

『玄米』(げんまい)…籾から籾殻を取り除いた状態の米粒のことです。

『精米』(せいまい)…玄米の周りにある薄皮部や胚芽などを取り除く作業のことです。

『糠』(ぬか)…玄米(本当は穀物全般)を精米した際に取り除かれて出てきた、薄皮や胚芽の粉。

『白米』(はくまい)…玄米を精米し、糠や胚芽が取り除かれた白い米粒のことです。

     精米して出来た白米のことを、単に『精米』又は『精白米』と呼ぶこともあります。

『穂(稲穂)』(ほ/いなほ)…稲の花が咲き(そのうち写真で紹介します)

    その後『籾』になったものが房のようにいくつも連なって付いているものです。

 ブドウ(巨峰のような)と比べてみると、『房』→『稲穂』、『一粒』→『籾』、『外の皮』→『籾殻』、『皮をむいた中身』(果肉の周りに紫っぽい部分がついている)→『玄米』、『果肉の内側』(薄緑の部分)→『白米』といった感じです。あくまでも個人的イメージです。

★稲作用語★ 農作業用語 その他
『刈り旬』(かりしゅん)… ちょうど良い刈り頃のことです。

『刈り遅れ』(かりおくれ)…「刈り旬」を逃して刈る時期が遅れてしまった状態のことです。

『登熟』(とうじゅく)…本来しっかりと熟した「完熟」に向け熟していく過程のことですが、「完熟した状態」を「しっかり登熟した状態」のように、完熟と同義語的ニュアンスで使用することもあります。

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